留学情報・コラム

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留学体験記-第1回-田中亮多(前半)

留学を希望するようになった理由

皆さん 初めまして。米国ボストンにあるマサチューセッツ総合病院/ハーバード医科大学に研究留学しています田中亮多と申します。

この度はクリッジ留学助成を頂戴しまして誠にありがとうございました。
これから私の留学体験記などを通して、留学や海外での生活などについての情報共有をして参ります。

是非とも充実した内容にしたいので、こんなことを聞いてみたい、などのご要望は大歓迎で、皆さんのためにも積極的にお応えいたします!

さて、第一回目は、渡米する前のお話です。本日お話する項目です。
・どのような経緯で留学を考えるようになったか
・留学を目指す上で大変だったこと
・どのような準備が必要であったか
どのような経緯で留学を考えるようになったか
結論から申しますと、医学博士となった後の目標がないと大学院生活で心が折れてしまう可能性があったからです。

まず、そもそも何のために大学院へと進学したか、ですが2つ理由があります。
一つは皮膚科医である私の専門が悪性腫瘍で、働くためには、大学病院・がんセンターなどのいわゆる拠点となる大きな病院しかなく、働き続けるためには、学位取得が必要となると考えたからです。実際に、こうした病院のスタッフは採用条件に学位を求められることが多いと思います。そして、もう一つは単に研究への興味からです。

4年間という大学院での研究生活は楽しいことも沢山ありますが、特に最初の2年、中間発表の頃は、このままで大丈夫なのだろうかと焦ることも多いと思います。
考える時間が多いだけに、私の場合には、研究が向いていないのではないか、など色々と悩むこともありました。また、ふと脇をみると、数年前まで同じ職場で働いていた同僚が臨床医としてすごく活躍していたりして、臨床医として遅れを感じることもありました。結局はなるようにしかならないので、他人と比較することは無意味ですが、現実はそうではありませんでした。
そこで、一つの達成目標として研究留学を設定しました。そして、留学するためには、業績が重要と考え、留学したいから業績を出さなければならない、という内向きの競争、つまり挫けてしまいそうな弱い自分との競争に考えを向けるようにしました。
しかしながら、実際には自分を取り巻く環境は自分自身だけでは決められないことも多いです。最も重要なのが、家族だと思います。幸い私の場合には家族が留学に対して寛容であったために、留学する目標を持ち続けることができました。
このように、最初は次の就職先のためもあって飛び込んだ大学院研究生活ですが、底知れぬ焦りと葛藤を経て、どうせ4年間研究をして過ごすのなら、成果が出た方が充実するから、できるだけ成果を出したい、と次第に考えが変わってきました。また、4年間精一杯研究を頑張って、それでダメならその後の研究者としての生活をスッパリ諦められるとも考えるようになりました。

では、次に、どのような留学生活を送りたいか、と考えるようになったきっかけをご紹介します。
大学院入学前になりますが、ニューヨークで開催された学会に参加し、その延長でMemorial Sloan Kettering Cancer Centerを訪問し、日本人研究者や実際に留学していらっしゃる方と食事をする機会を得ました。そこで、留学には2種類存在することに改めて気づかされました。それは、業績を出すことを目的とした留学とそれほど気にしていない留学です。実際にどちらの群で、より研究成果が結実するかはわかりません。前のめりでやっても出ないかもしれませんし、業績はあまり当てにしていなかったけれども成果を挙げられることもあり得ます。しかし、前者の目的がはっきりしている所が私に向いていると思いましたので、数年かけてでもじっくりと研究に打ち込める留学を希望するようになりました

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